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オードリーヘップバーン 晩年の様子や画像 [エンタメ]

美しく、そして可愛らしく。

日本の男性も憧れた女性。

オードリーヘップバーン。


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永遠の美女と言われていたとおり

晩年まで、その変わらぬ美しさを

保っていました。






有名な「ローマの休日」で

アカデミー賞主演女優賞を

取ったあとも、ゴールデングローブ賞、

英国アカデミー賞など様々な賞の

受賞経験を持っています。



そんなオードリーヘップバーンですが、

女優業は年々減っていき、

人生の後半のほとんどは

国際連合児童基金(ユニセフ)での

仕事に捧げています。



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ヘップバーンは特に、1988年から

1992年にかけて

アフリカ、南米、アジア国々の

恵まれない人々へ援助活動を

献身的に行っています。



そんなヘップバーンのユニセフ親善大使

としての活動にアメリカでは

文民への最高勲章である、

大統領自由勲章が授与されました。



この栄誉ある勲章授与の

一か月後にオードリーヘップバーンは

自宅(スイス)で虫垂癌で

63歳の生涯を閉じています。


亡くなったのは1993年1月20日です。



最後の映画作品は1989年、

スピルバーグ監督の「オールウェイズ」。

その後はTVのドキュメンタリーなどで2本の

出演しかしていませんが、ヘプバーンの死後

ではあるけど、その番組も国際的な賞を

受賞しています。


一本は、『オードリー・ヘプバーンの庭園紀行』という

番組で、1990年の春から夏にかけて撮影された、

世界7カ国の美しい庭園を紹介するという紀行番組でした。



そしてもう一本は、子供向け昔話を朗読した

アルバム『オードリー・ヘプバーン 魅惑の物語』。

それぞれ、エミー賞とグラミー賞を受賞しています。


前述の、『オードリー・ヘプバーンの庭園紀行』の

紹介ムービーです。

1990年頃、亡くなる3年ほど前の

オードリーヘップバーンです。↓






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ヘップバーンは第二次世界大戦中に

ドイツ占領下のオランダで辛い幼少期を

送ったそうです。



なので、恵まれない子供達に

愛の手を差し伸べる人生を

送ることを決めたのですね。


一つ特筆すべきは、彼女は

様々な国を飛び回って

いましたが、言葉の苦労を

したことがなかったそうです。

ヘプバーンは母国語の英語と

オランダ語。さらにフランス語、イタリア語、

スペイン語、ドイツ語を流暢に

操ることができたのです。


女優業から離れていても、

映画界において存在感を

はなっていたようで、

米国映画協会が選んだ、

「最も偉大な女優50選」で

ヘプバーンは第3位になっています。


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本当に美しい人ですね。

年をとってもこういう魅力的な

人でありたいものです。





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